1276年 脱走
投稿者:こっとん100 [home]
「…つまらん」
そこそこ豪勢なバルコニーの縁にもたれかかり。
俺は本日何度目かのため息をつく。
別に、バルコニーから不審者を見張るような、退屈な仕事をしているわけではない。
…ただ、ここから見える室内で繰り広げられる宴が…場違いに感じるだけだ。
ヤーデ伯家からの依頼を受け、二年越しの樹海と鉱山の探索を終わらせた自分たちへの、ささやかな宴のはずなのだが。
その主役とも言える自分たちよりも、これをきっかけに集まる、近辺の貴族たちの集まりという気がしてならないし。
…大体…。
冒険稼業をしている自分に…きっちりした貴族風の衣装はきつすぎる。
社交界に集まる女性は確かに品があるが、正直話をしていてつまらない。
(まあ、俺一人抜けても、問題…無いか)
あっちには、綺麗に着飾ったリーダーのエレノアや、レイモン、パトリックもいる。
この宴は彼らに任せて…。
(いつものなじみの店で、飲みなおしと行きますか)
そうと決まれば話は早い。
…ちょっと縁から伝って…。
「そこで、何をしている!?」
あちゃー…。
変なところを見られてしまった。
これじゃ、不審者だ。
とりあえず、俺は…縁から降りて。
その声の主に向き合った。
「ああ、ちょっと気分が悪くなってな…夜風に当たっていただけだ」
俺は、声の主…確か、ヤーデ伯家の…チャールズとかいったか。
そいつに、そう話した。
「そうは見えなかったがな…お前は、リチャード・ナイツとか言ったか?」
ほほう、チャールズ様は俺の素姓を知っていたか。
親父には似ていないから、ばれないと思っていたんだがな…。
「ああ、そうだ…タイクーンの息子とか言われている、そのリチャードだ」
相手がお貴族様じゃなきゃ…けっ、とか言ってやったところだ。
「…そうとう、その生まれのせいで苦労したと見えるな」
チャールズ様は、その後こう続けた。
「お前は、その力に頼りたくない、反抗期の青年ってところか…」
「何だよっ!その反抗期の青年って言うのは!」
相手がお貴族様であろうと、正直この発言にはむかついた。
…すまん、エレノア…そう思いつつ、奴の胸倉をつかもうとした、その手を。
…奴は、いとも簡単に掴みやがった。
しかも、お貴族様にしては慣れた感じで、だ。
そして奴は…。
俺に対して、にっと笑い。
「お前、気に入った…面白い男だ」
といいやがった。
…何か、そこで。
急に力が抜けた感じがした…。
悪い意味じゃない、寧ろ、いい意味でだ。
「ほうほう、やはり宴を抜けようとしてたか」
チャールズ様…いや、チャールズは。
やはり俺が何をしようとしていたか、わかっていたようだった。
念のために、ポケット中調べられて、盗品が無いかはチェックされたのだが。
身の潔白が証明された後は、咎めは無かった。
「…正直、俺にはこういう場は似あわねえ…ひげを剃られたら落ち着かんし、衣装は窮屈だし、ねーちゃんはつまんねえし」
こっちも、相手が貴族なんて事をすっかり忘れて、ため口だ。
「ほぉ…お前は酒も女も好きか」
「あたりまえだ…ただ、どっちかというと庶民の楽しみのほうが、性にあってるだけだ」
「ならば」
チャールズは、そこで、こう切りかえしてきた。
「俺も、どっちかというとそういうのが好みでな…寧ろ戦場を駆けてたり、その合間に呑みに出るのが楽しみでな」
はぃ?
…まさか、この人…。
「丁度いい、この町には美味しいワインとつまみのある店がある…一緒に行かないか?」
よりにもよって、俺を誘って飲みなおしに行きたいらしい。
「いいけど…あんたが抜けたら大騒ぎにならないか?」
そりゃそうだ、冒険者一人抜けてもどうって事は無いが。
貴族の坊ちゃんが一人抜けたら騒ぎになる。
「そんなもん、慣れてるさ…俺ははねっ返りと、よく言われるんでな」
よし、決めた。
そんじゃその店にでも案内してもらいますか。
…次の瞬間、俺とチャールズは…。
ベランダから、脱走を企てたのだった。
(終)
そこそこ豪勢なバルコニーの縁にもたれかかり。
俺は本日何度目かのため息をつく。
別に、バルコニーから不審者を見張るような、退屈な仕事をしているわけではない。
…ただ、ここから見える室内で繰り広げられる宴が…場違いに感じるだけだ。
ヤーデ伯家からの依頼を受け、二年越しの樹海と鉱山の探索を終わらせた自分たちへの、ささやかな宴のはずなのだが。
その主役とも言える自分たちよりも、これをきっかけに集まる、近辺の貴族たちの集まりという気がしてならないし。
…大体…。
冒険稼業をしている自分に…きっちりした貴族風の衣装はきつすぎる。
社交界に集まる女性は確かに品があるが、正直話をしていてつまらない。
(まあ、俺一人抜けても、問題…無いか)
あっちには、綺麗に着飾ったリーダーのエレノアや、レイモン、パトリックもいる。
この宴は彼らに任せて…。
(いつものなじみの店で、飲みなおしと行きますか)
そうと決まれば話は早い。
…ちょっと縁から伝って…。
「そこで、何をしている!?」
あちゃー…。
変なところを見られてしまった。
これじゃ、不審者だ。
とりあえず、俺は…縁から降りて。
その声の主に向き合った。
「ああ、ちょっと気分が悪くなってな…夜風に当たっていただけだ」
俺は、声の主…確か、ヤーデ伯家の…チャールズとかいったか。
そいつに、そう話した。
「そうは見えなかったがな…お前は、リチャード・ナイツとか言ったか?」
ほほう、チャールズ様は俺の素姓を知っていたか。
親父には似ていないから、ばれないと思っていたんだがな…。
「ああ、そうだ…タイクーンの息子とか言われている、そのリチャードだ」
相手がお貴族様じゃなきゃ…けっ、とか言ってやったところだ。
「…そうとう、その生まれのせいで苦労したと見えるな」
チャールズ様は、その後こう続けた。
「お前は、その力に頼りたくない、反抗期の青年ってところか…」
「何だよっ!その反抗期の青年って言うのは!」
相手がお貴族様であろうと、正直この発言にはむかついた。
…すまん、エレノア…そう思いつつ、奴の胸倉をつかもうとした、その手を。
…奴は、いとも簡単に掴みやがった。
しかも、お貴族様にしては慣れた感じで、だ。
そして奴は…。
俺に対して、にっと笑い。
「お前、気に入った…面白い男だ」
といいやがった。
…何か、そこで。
急に力が抜けた感じがした…。
悪い意味じゃない、寧ろ、いい意味でだ。
「ほうほう、やはり宴を抜けようとしてたか」
チャールズ様…いや、チャールズは。
やはり俺が何をしようとしていたか、わかっていたようだった。
念のために、ポケット中調べられて、盗品が無いかはチェックされたのだが。
身の潔白が証明された後は、咎めは無かった。
「…正直、俺にはこういう場は似あわねえ…ひげを剃られたら落ち着かんし、衣装は窮屈だし、ねーちゃんはつまんねえし」
こっちも、相手が貴族なんて事をすっかり忘れて、ため口だ。
「ほぉ…お前は酒も女も好きか」
「あたりまえだ…ただ、どっちかというと庶民の楽しみのほうが、性にあってるだけだ」
「ならば」
チャールズは、そこで、こう切りかえしてきた。
「俺も、どっちかというとそういうのが好みでな…寧ろ戦場を駆けてたり、その合間に呑みに出るのが楽しみでな」
はぃ?
…まさか、この人…。
「丁度いい、この町には美味しいワインとつまみのある店がある…一緒に行かないか?」
よりにもよって、俺を誘って飲みなおしに行きたいらしい。
「いいけど…あんたが抜けたら大騒ぎにならないか?」
そりゃそうだ、冒険者一人抜けてもどうって事は無いが。
貴族の坊ちゃんが一人抜けたら騒ぎになる。
「そんなもん、慣れてるさ…俺ははねっ返りと、よく言われるんでな」
よし、決めた。
そんじゃその店にでも案内してもらいますか。
…次の瞬間、俺とチャールズは…。
ベランダから、脱走を企てたのだった。
(終)
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投稿者:bau(実行委)
樹海と鉱山の探索後の宴の話ですね。確かにリッチはこの手の宴は嫌いそうです…。
それより意外なのがチャールズ。確かにちょっと粗暴なイメージはありますが、実は庶民派、とは!
意外な展開に驚き、ストーリーに食い入りました。
こんなチャールズならリッチとウマが合いそうですね。
チャールズはどうしても汚れ役になってしまうので、こんな一面も本編で見せてくれたらなぁ…と。
そしてリッチのキャラが生き生きと描かれているのがやっぱり良いですね。
こっとん100さん、ありがとうございました!!
投稿者:こっとん100
こんばんは、感想ありがとうございます!
…汚れ役チャールズの意外な一面ですが、確かこの人の嫁さんだけ、家柄出ていないんですよね…。
まさか、庶民もらったのか?と、ふと思ったのが庶民派のきっかけだったりします。
…多分少数派と思われますので…見て気分害した方がいらしたら申し訳ないです…。
リッチは今回初書きなんですが、おほめいただきありがとうございました!
それでは遅くなりましたが返信でした。