君が笑えたと願う

君が笑えたと願う

投稿者:やより [home]

まだヨハンがいる時だった。

階段から落ちたことがある。
しかもふざけて後ろのヨハンの方を向いて歩いていた時だったから始末におえない。
反射的にヨハンに手をのばして、彼も手を掴もうとして、
でも、掴めなかった。
頭から落ちた。
痛みで気を失って……気づいたらベッドの上だった。
傷はもうしっかり治っていて、痛みは全くなかった。
ヨハンは術の才能も抜群にあったから、彼が治してくれたんだろうと、
横で心配そうな顔をしているヨハンに言ったんだ。
「ありがとう」
でも、彼の返事は僕の期待したものではなかった。

「すまない、ヴァン。助けられなくて」

僕が待っていた言葉は「どういたしまして」だったのに。

 ■ ■ ■

その話をすると、ダイクは苦笑した。
「あの人らしいな」
「やっぱりそう思う?」
言いながら、話がそれたな、そう思って机に広げた地図に向き直った。
「お墓参り、このルートで決まり、でいいよね」
「そうだな、大人数で行くわけでもないんだし……」
あの砦を落とされて数ヶ月、僕たちは、あの砦にお墓参りをしに行く段取りを決めていた。
砦は落とされて、向こうの領地になったけど、忍び込んで行くに行けない場所じゃない。
砦跡は残っているし、向こうはそこに巡回兵をたまに回す程度。
こちらをあまり刺激しないようにしているようだ。
だから少人数なら何とか行けそうなんだ。

僕は主君たるギュスターヴ様が亡くなったから、
師匠であるシルマール先生のところに戻ろうと思っているんだけどハン・ノヴァの引継ぎの仕事がある。
「ルートの下見はダイクに任せていいかな?」
「ああ、俺と何人かで行ってくるよ」
「じゃあ僕は、こっちの仕事を片付けるよ」
「あんまり頑張りすぎるなよ?」
「頑張んなきゃお墓参りの休み取れないんだよ」
そう言って席を立って、僕はハン・ノヴァの高官たちが待っている会議室へと向かった。

 ■ ■ ■

会議の小休憩。僕は外に出て凝った肩を回した。
政は嫌いじゃないけど色んなことを考えなきゃいけないから疲れる。
結構幼い頃から会議には参加していたから、慣れはしたけど疲れないわけじゃない。
合間、合間に、僕を気晴らしに連れ出してくれた人はもういない。
いつも同行してくれた、兄のような僕の友人も。

目にまぶしい夕日の赤が、あの日の炎を思い出させた。
あの日、僕は、何一つできなかっ……

ドゴォ!

突然、上から降ってきた植木蜂に見事に頭をクリティカルヒットされて、僕はその場に倒れた。
「やだ!人がいたの!すぐ行くわ!」
ああ、この声は、レスリー様だ……。
失いそうになる意識の中、なんとか、自分で回復の術を使った。
痛みが引いていく。そして、意識もはっきりしてきた。
上を見上げると、ベランダが見える。
何個も植木蜂が置いてあり、花を愛でるのはレスリー様らしいと思った。
そういえば、ここはレスリー様の部屋のベランダの真下だったみたいだ。
多分レスリー様が植木を一つうっかり落としちゃったとかで、
偶然僕が下にいたんだろう。何て偶然だ。
頭から肩、体にとどっしゃり付いた土を払っていると、走りよってくる足音が聞こえてきた。
「ああ!ヴァンだったの?!ごめんなさいね、大丈夫?!」
レスリー様は、持ってきた薬箱を置いて、やはり持ってきたタオルで僕の顔をぬぐってくれた。
「大丈夫です、レスリー様。傷一つありませんよ」
「嘘を言わないでちょうだい。あなたのことだもの、怪我も自分で治したのでしょう?」
ううーん、傷一つないってのは無理があったか……。
僕は、レスリー様に心配をかけまいとして、
「そうです。もう大丈夫ですよ」
そう言って頭を軽く叩いて見せた。
「そう?大丈夫なのね、安心したわ」
レスリー様は、やっと安堵のため息をついた。
「では、僕は会議がありますので……」
「ヴァン、会議が終わったら私の部屋へ来てくれる?」
会議室に戻ろうとする僕に、レスリー様は声をかけた。
「これのお詫びがしたいの。遅くなってもいいわ」
お詫びなんて……そう思ったけど、レスリー様の好意を蹴るような真似もしたくなかった。
「はい。必ず」
そう言って、僕は会議に戻った。

 ■ ■ ■

前にレスリー様の部屋へ訪ねた時は、ヨハンも一緒だった気がする。
そうだ、ギュスターヴ様の誕生日を……サプライズパーティを開こうと言って、
ケルヴィン様や、フリン様や、チャールズやフィリップやダイクも一緒に
どんなのがいいかみんなで考えたんだった。
その時、ヨハンが何か言った気がする。
ああ、何て言ったんだったっけ?思い出せない。

「ヴァンアーブルです」
言いながら、レスリー様の部屋の戸を叩いた。
「ヴァン、入って」
「失礼します」
部屋に入ると、香ばしく甘い香りが鼻腔をくすぐった。
香りの正体がわかって、
「アップルパイですか?」
「そうよ。ヴァン、好きでしょう?」
聞くとレスリー様は笑って答えた。
机には、切り分けられたアップルパイの載った皿が二つ向かい合って置かれている。
「座って。今紅茶を入れるわ」
「ありがとうございます」
礼を言いながら、僕は席についた。
「疲れているところ呼びつけて、逆に迷惑だったかしら」
「そんなことありませんよ。
 レスリー様の作ったお菓子、久しぶりだから本当に嬉しいです」
紅茶の入ったカップを皿に載せてレスリー様が僕の前にそっと置く。
そして、自分の分のカップを持って、レスリー様は向かいに座った。
「いただきます」
置いてあったナイフとフォークを手にとって、アップルパイを口に運んだ。
「美味しいです」
口の中にりんごの酸味と甘味が広がって、僕は素直な感想を言った。
「よかった。ヴァンは甘いものが好きだものね。作りやすかったわ。
 ギュスやヨハンは甘いものがそんなに得意ではなかったから気を使ったのよ」
ふふ、とレスリー様が笑う。
そういえば、そうだった。三人で出かけた時なんか、
僕だけデザートを幸せそうに食べるのを二人はお茶を飲んで眺めていた。

……どんな気持ちで、……。

「レスリー様」
僕は、持っていたフォークを置いた。

「ヨハンは、幸せだったんでしょうか?」

あの日からずっと考えていて、
言えなくて、
今、初めて口を付いて出た言葉を聞いて、
レスリー様は目を丸くした。

構わず、僕は続ける。
「サソリから逃げ出して、ギュスターヴ様に仕えることになって……
 ヨハンはギュスターヴ様を敬愛していたと思うけど、
 それって、ただ、従うものが変わっただけで、
 ヨハンのやること自体は、変わらなかったんじゃないかって思うんです」
だから、僕は、
「ヨハンは、いつも緊張しているような、
 生真面目な顔をしていました」
慕っていたのは僕だけで、
ヨハンは僕のことをなんとも思っていなかったんじゃないかって、
「誰もヨハンを愛していなくて、
 ヨハンも誰も愛していない、
 そう思っていたんじゃないかって……
 怖くなるんです」

しばらく、黙って俯いた僕の顔を覗き込んでいたレスリー様が苦笑した。
「そうね、そうヴァンが思っているのなら、ヨハンは可哀想だわ」
引っかかる物言いに、僕は顔を上げた。レスリー様は子供をあやすような笑顔を僕に向ける。
「ヴァンは、確か三人兄弟だったわね」
「はい」
「だから、生まれたときから、家族との接し方を学んできたんだわ。でも、ヨハンは」
そこで一度言葉を切って、僕を見据えた。
「ヨハンにとって、初めての家族が、ギュスとあなただったのよ。
 接し方がわからなかったんだわ」
聞いて僕は、呆けたように口を開けていた。家族だって?
「でも、ヨハンは時々、まるで他人みたいなことを言いましたよ」
階段から落ちた時、あの時謝ったのは、他人だと思っていたからじゃないのか?
家族だと思っていたなら、僕の望んだとおり、謝りはしなかったんじゃないか。
「だから言ったでしょう、接し方がわからなかったんだって」

 ……接し方が……

「けれど、ヨハンはだんだん学んでいったわ。
 家族としての接し方を。友人としての接し方を。
 いつからか……ヨハンの表情が変わっていったのを、
 まさかヴァンは気づいていないなんて言わないわよね」

そうだ、ヨハンの表情は……いつからか、柔らかくなった。
尖ったナイフみたいな目つきは、穏やかになった。
たまにだけど、笑顔を見せるようになった。

そうか……
二人がいなくなったショックでか、僕は大きな思い違いをしていたんだ。

「……そうですね、そうです。ヨハンは言ってました。
 みんながいるだけで嬉しいと」
ギュスターヴ様の誕生日の計画を練っているとき、ヨハンが言った言葉を思い出した。
「俺だったら、皆が祝ってくれるだけで嬉しいけどな」
そうだ、そう言ったんだ。

「私もギュスも、ヨハンを息子のように思っていたわ……。
 ヨハンも、そう思ってくれていたと信じている」
目を伏せて、レスリー様が言った。

不意に涙がこぼれた。

ギュスターヴ様、
レスリー様、
ケルヴィン様、
フリン様、
チャールズ、
フィリップ、
ダイク、
そして、僕。
みんな、ヨハンを愛してた。
そして、きっとヨハンも……。

彼は、幸せだったんだ……。

レスリー様が立って、目頭を押さえる僕の背中を、ぽん、ぽん、と叩いてくれる。
「すみません、レスリー様……」
「いいのよ、あなたも、私の息子みたいなものだから」
レスリー様の優しい声音は、いつまでも耳に残った。

 ■ ■ ■

お墓参り決行当日、天気は晴天。
行く途中、ちょっと急な斜面があった。
ケルヴィン様がレスリー様の手を引いている。
「うわ!」
目の前でダイクが足を滑らせた。のばした手を、僕がすばやく掴む。
「ああ、ありがとう」
礼を言うダイクに、僕は笑顔で返した。

「どういたしまして」

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投稿者:bau(実行委)

ヨハンがギュスターヴの元に来てからどのような境遇にあったか、それを語るシナリオはありません。
でも、「南の砦で」の彼のあの行動から、恐らく初めて接した「暖かさ」があったものと思うのです。
それが家族のような付き合いだったか、信頼関係で結ばれた主従関係かはわかりませんが…。

そんなヨハンの「変化」と「心」をヴァンを通して見事に描かれており、とても魅かれました。
南の砦の事件の後、遺されたヴァン、ダイク、そしてレスリー(レスリーは不明ですが…)。
彼らが自責の念に苦しめられなかったか、どのように過ごしたのかが気になるところですが、
ギュスターヴ達の記憶を胸に強く生きている様子が、とても胸にこみ上げるものがありました。

やはり「南の砦で」はサガフロ2の中でも屈指の名シナリオだと思います。
その後伝を気持ち良く読むことができました。やより様、ありがとうございました!!

投稿者:やより

bau様、コメント有難うございます!
大好きなサガフロ2の二次の発表の場があるなんてーとワキワキ投稿させていただきました。
「南の砦で」は本当に忘れられません。
その直後?を掘り下げるイベントがあっても
よかったろうにと思いながら書いたのでそう言っていただけると幸いです。