Like a man, As a man
投稿者:レーゼン [home]
泣かせてやればいい。好きなだけ。
「突き放したワリには律儀なもんだなぁ」
ぼんやりと、何をするでもなく食堂のイスに腰掛けて一点を見つめていた。
時刻は既に深夜を少しばかり過ぎた頃合だろうか。
いつまでたっても襲ってこない眠気は、この男の言うとおり律儀な時分の性分なのかもしれない。
「どうだ。様子は」
「...私は、別に」
「ホンットに不器用な奴だよお前は」
「お前は、どうして起きてるんだ」
「何。いつまでたっても部屋に戻ってこない相方を少しばかり心配してたのさ。
明日に何があるわけでもないけどな」
「...」
「不思議な子だよなぁ。あの子」
「...どうしてそう思う」
「俺たちはともかくプルミエールは少し前までは見ず知らずの他人だったんだぜ?
それが今じゃこんな間柄だ」
「ジニーの所為だと言うのか」
「全てがそうだと言うわけじゃねぇさ。
ただすくなくともそうなるキッカケは確かにジニーちゃんが作ったも同然だ」
ロベルトは持参した酒をコップに注ぎ、少しばかり喉に流し込んだ。
酒瓶を少し傾け、私に勧めてきたが生憎と今は酒をかっ食らう気分にはなれなかった。
酒を嗜まないわけではないが、やはり酒を体に入れたい時もあればそうでない時もあるということ。
少し視線をそらし、ジニーが篭っている部屋の扉に目をやる。
未だそこから出てくる気配は感じられない。
あの性格だ。
明日にでもなればキレイさっぱり何もかも忘れて、
腹の虫を満たしに食堂に現れるだろうと思っていたが、今回ばかりはそうもいかないらしい。
本気で泣く女性というのを目にしたことがなかった。
男が女を捨てる場面は何度か目にしたことはあったが、
情愛に心を痛める女性の姿は目に刻んだことはない。
いたたまれない。
あの歳で知る現実にしては少し酷だ。
可能性を潰された人間が辿る末路は悲惨なものが多いと聞くし、実際そうであろうとも思う。
だがジニーはそうはならないだろうと、どこか心の片隅で確信しているおかしな自分の存在に気づいた。
「お前、両親は健在なのか」
「いきなり何だ」
「いや。肉親を失う痛みって奴は味わったことがないもんでな」
「...経験したからとて、すべてに同じ感情が嵌るとは考えにくいと思うが」
「そうかねぇ」
「痛みなど、感情など、受け取る者が違えばそれ相応に形を変えるものだ」
「会ったことのない父親だとしても、血の繋がりはそれを凌駕するってわけだ。人の絆は偉大だな」
「他人事だな」
ロベルトは私の返した言葉に一度目を丸くするとケラケラと笑い出した。
「何がおかしい」
「お前が他人の心配なんかするなんて珍しいと思ってよ。
それもまだ会ったばかりの健気な少女の御身をはばかって」
「そんなにおかしなことか」
「以前のお前ならな。そのままほっぽって次の拠点でも探してそうなもんだと思うが」
「お前、動く気なんてないだろ」
「理由に使われちゃたまらねぇなぁ。それこそ俺とコンビを組むメリットこそお前には無いんだぜ?」
「何が言いたいんだお前」
「見てるばっかじゃつまんねぇだろ。
女には優しい言葉の一つでもあればそれにすがって生きていけることだってある」
ロベルトは飲み足りないとばかりにグラスの酒を煽るとまた同じように酒を注いだ。
私は何も言わずにその様を眺めていた。
「放っておけねぇんだろ」
「...」
「分かるよ。俺も同じだ。歳の離れた妹ができたような気分なんだ。放っておくと一人で出歩く子供のお守り」
「...優しい兄貴の一人にでもなったつもりか」
「そんな大層なもんじゃねぇさ。ただ、無事に戻ってきて欲しい。それだけだ」
分かっているのだ。この男も。
ここで手を差し伸べては俺たちに依存してしまう可能性がある。
これからの仕事がやりにくくなることだって勿論考えられる。
だが俺たちはそんなことよりも、ただあの少女が気になって仕方がないのだ。
最悪、俺たちと生涯行動を共にすることになったとしてもそれはそれでいいじゃないかと思える自分がいる。
眠気の代わりに沸き起こってくるこの衝動は葛藤だった。
このまま捨て置いていいのか。起き上がれなくなった少女はどこに向かってしまうのか。
それならいっそ、手を差し伸べてでも、甘さをもってしてでも生き繋ぐことが大切なことなのではないのか、と。
答えはいつも巡り巡ってその姿を掠めては幾度も形を変えて俺たちの周りを飛び交っている。
こんなに悩んでいるのは久しぶりだ。
名を捨てて、逃げ出したあの時以来かもしれない。
今一度扉を見やるが、一向に部屋から出てくる気配は無い。
「賭けねぇか」
一瞬何を言ったのか理解できなかった。
何に賭ける、だとか、誰と賭ける、だとか、そんなことにも増して、
ロベルトの表情があまりにも真剣なものであったことが、だ。
「何のつもりだ」
「別に。ただ待ってるだけってのもつまんねぇだろ」
「時々お前を理解できないことがある」
「稀に言われるな。そういうことは。それだけに付き合ってきた奴らの性格が似通ってるってのもあるんだろうが」
「...そういえば、あの時もそうだったな」
「?」
「初めてお前と出会ったあの時だ。あの突拍子もないお前の言葉に俺は興味が湧いたんだ」
「だからツルんでみたってか?」
「どの道一人では限界があることは分かっていた。
連れの一人や二人はこの先必ず必要になることは十分わかっていたからな」
「...お前の口からそういう話が聞けるとは思わなかったな」
「俺も話す気なんてなかったさ。ジニーが作ってくれた契機に感謝でもしてみるか」
無造作にテーブルに置かれていた酒瓶を傾けてグラスに注ぎ、少し口に含んだ。
この地方原産の酒はどこか渋い苦味があって舌先を突き抜けて胃にスルリとおさまっていく。
嫌いではなかったが何度も口にしようとは思わない酒だ。
ロベルトはそんな俺の様をじっと眺めていたが、そっと視線を外して扉に向けた。
「俺は帰ってこない方に賭けてやるよ」
「...」
「どっちも同じ可能性に賭けたんじゃ賭けになんねぇからな。その代わりリスクは十分もらうがな」
「リスクとは?」
「そうだな。そん時は」
コンビを解散ってのはどうだ?
どこまで本気なのかは分からなかったが、ロベルトはその後何も言わずに部屋に下がっていった。
入れ替わりに反対側の扉が開き、プルミエールが姿を見せた。
彼女は何も言わずに俺の前、ロベルトが腰掛けていた席に静かに腰を下ろした。
「ややこしいことになってるのね」
「...」
「思っていた以上に、貴方たちの間柄って薄いのね。表面上だってあの男が取り繕ってるような感じだったし」
「...」
「一人の少女がこんな大事を引き起こすなんて。なかなかの悪女だと思わない?
ロクな女にはなりそうにもないわね」
「...」
「どうしたの?言い返す言葉の一つも見つからないの?」
「...そうだな。そんなところだろう」
「...」
思えばいつも動いていたのはアイツだったな。俺は何も考えずにただアイツが持ってくる仕事に従事するだけ。
腕さえあれば事足りることだと思っていた。
これはジニーの契機であると同時に俺たちの契機であるのかもしれない。
アイツは細かいことは考えずにただできることをやろうとする男だ。
結果はいつもそれに伴って表れるものだと。
「賭けの話、聞いてたのよ」
「...」
「あの男は表面ほど馬鹿じゃないわ。短い間柄でもそれは分かる。
どう動けば最大の効果を得られるかを瞬時に計算できる力がある」
「...」
「そんな男が持ちかけたさっきの賭けも、単純な意味合いをもつだけのものじゃないわ」
「アイツが、何を目論んでいるのか分かると言うのか」
「気づかないようなら、それこそ賭けに負けた方がいいわ。いずれそうなるんでしょうし」
「...初めてだ」
「何?」
「こんなに悩むのは」
迷う自分が不思議でもあった。
何も考えずに賭けに負けた時は言うとおりにすればいいじゃないか。
適当に誰かまた捕まえれば仕事に困ることはないだろう。
それこそアイツよりも優秀な輩は腐るほど存在しているんだ。拘るほうがどうかしている。
そう考えるだろう。それが俺だ。グスタフとよばれる人間だろう。
なのに何だこの不快感は。
そう考える自分が浅ましいものに思えて仕方がないのだ。
お前は本当にそれでいいのかと何かが強く俺の胸を打つ。それは考えを変えるまで止まることを知らないのだ。
考えることを一度止めてグラスに残っていた酒を全て胃の中に流し込む。
グラスを置いて一つ息をはくと不思議と心が少し落ち着いた。酒に頼るとはこういうことか。何だか情けないな。
アイツもよく酒をかっ食らう男だ。訪れた先々での酒を悉くかっ食らう。まるでそれが義務だとでもいうように。
けれど今考えてみれば、ひょっとしたらそれはアイツなりの捌け口なのかもしれない。
気遣いの知らない相方に対する愚痴の捌け口。
肩を並べて酒を飲んだことがあったろうか。
食事はいつも共にするが、酒を飲むのはアイツだけて俺はいつもアルコールは体に入れない。
体の動きが鈍るのが嫌だったのもあるし、根本的に酒をあまり飲めない体質のせいでもある。
口実にはもってこいの理由が、アイツと俺との間にはいつも横たわっていて、
俺はそれを取り除くことはしなかった。
...アイツもしなかった。
無理に酒を飲ませようともしなかったし、それに文句を言うこともなかった。
「...甘えすぎていたのかもしれない。俺は」
「何かしらの答えは出たのかしら?」
「...まぁな」
「それが出ただけでもよかったじゃない。
今回のことはきっと貴方たちには必要なことだったって言える日がきっと来るわ」
「...」
「それに、あの男はとんでもないお人よしだしね。
賭けに負ける道をむざむざ選ぶようなことをしたんだもの」
「まだ賭けの結果は出ていない」
「いいえ。もともと賭けになんかなっていないのよ。かの子は立ち直ることしか術を知らない子だもの」
「よく分からないことを言うな。君も」
「ジニーは必ず明日の朝には顔を出すわ。腹の虫に勝つ手段を未だに知らない子だもの」
「たいした自信だ」
「だってイメージなんかできないもの。
これだけのお人好しに囲まれてむざむざ暗がりの道を行くなんて考えられない。あの子なら尚更」
「随分肩入れしているんだな」
「そうね。私もそう思う。不思議と確信があるの。あの子の足は必ず私たちに辿り着く」
「...そうか」
プルミエールも少し酒を口にすると顔をしかめて咳き込んだ。
彼女に悟られぬように小さく笑った後、残っていた酒を全てグラスに注いで一気に煽った。
信じがたいような顔をしてこちらを見やる彼女に軽くグラスを持ち上げ、
イスの背もたれに背を預けてゆっくりと目を閉じた。
心地よい眠気が誘ってくる。
次に目を開けた時、俺たちはどうなっているんだろう。
その光景をたやすく想像できてしまいそうで可笑しかった。
悪くない。
悪くない。
束の間ではあるかもしれないが、少し腰を落ち着けてみようかとぼんやりと考えていた。
この心地よさに身を任せるのも、悪くはないのかもしれない...。
「い〜じゃんおじさんに言えばまた貰えるんだからパンの一つや二つぐらい〜っ」
「なら貴方がもらいにいきなさい。私はノルマをこなさないのには我慢がならないの」
「ケチンボっ」
「結構」
フタを開けてみればまぁ容易く想像できた結果に落ちていていた。
酒がまだ少し残っていた俺はああまり食事には手をつけずに水を多く体に取り入れていた。
「あれっ?グスタフそれ食べないの?」
「あぁ。少し、胃を悪くしてな」
「それじゃ私食べてもいいっ?」
「あぁ」
皿を寄せてやると嬉しそうにそれを頬張り「始めた。その姿をロベルトも笑いながら眺めていた。
「なぁ、ロベルト」
「何だ」
「...今日はどうするんだ?」
「そうだな。もう少しあの洞窟を探ってみようかと思ってんだけど。
あのドデカイ根っこの奥にはドッサリ埋まってるような気がするんだが」
「埋まってるって、クヴェルがっ?」
「あぁ。そいつを見つければジニーちゃんも立派にティガーの一員だな」
「それが終わって」
「?何だ」
「この宿に戻ってきて、食事が済んだその後に」
どうだ、酒でも飲まないか?
ロベルトは一瞬呆けたような表情を見せた後小さな声でそれもいいなと呟いた。
ジニーは少し不思議そうな顔をしてたが、プルミエールは小さく笑っていた。
今日は騒がしくなりそうな予感がしていた...。
「突き放したワリには律儀なもんだなぁ」
ぼんやりと、何をするでもなく食堂のイスに腰掛けて一点を見つめていた。
時刻は既に深夜を少しばかり過ぎた頃合だろうか。
いつまでたっても襲ってこない眠気は、この男の言うとおり律儀な時分の性分なのかもしれない。
「どうだ。様子は」
「...私は、別に」
「ホンットに不器用な奴だよお前は」
「お前は、どうして起きてるんだ」
「何。いつまでたっても部屋に戻ってこない相方を少しばかり心配してたのさ。
明日に何があるわけでもないけどな」
「...」
「不思議な子だよなぁ。あの子」
「...どうしてそう思う」
「俺たちはともかくプルミエールは少し前までは見ず知らずの他人だったんだぜ?
それが今じゃこんな間柄だ」
「ジニーの所為だと言うのか」
「全てがそうだと言うわけじゃねぇさ。
ただすくなくともそうなるキッカケは確かにジニーちゃんが作ったも同然だ」
ロベルトは持参した酒をコップに注ぎ、少しばかり喉に流し込んだ。
酒瓶を少し傾け、私に勧めてきたが生憎と今は酒をかっ食らう気分にはなれなかった。
酒を嗜まないわけではないが、やはり酒を体に入れたい時もあればそうでない時もあるということ。
少し視線をそらし、ジニーが篭っている部屋の扉に目をやる。
未だそこから出てくる気配は感じられない。
あの性格だ。
明日にでもなればキレイさっぱり何もかも忘れて、
腹の虫を満たしに食堂に現れるだろうと思っていたが、今回ばかりはそうもいかないらしい。
本気で泣く女性というのを目にしたことがなかった。
男が女を捨てる場面は何度か目にしたことはあったが、
情愛に心を痛める女性の姿は目に刻んだことはない。
いたたまれない。
あの歳で知る現実にしては少し酷だ。
可能性を潰された人間が辿る末路は悲惨なものが多いと聞くし、実際そうであろうとも思う。
だがジニーはそうはならないだろうと、どこか心の片隅で確信しているおかしな自分の存在に気づいた。
「お前、両親は健在なのか」
「いきなり何だ」
「いや。肉親を失う痛みって奴は味わったことがないもんでな」
「...経験したからとて、すべてに同じ感情が嵌るとは考えにくいと思うが」
「そうかねぇ」
「痛みなど、感情など、受け取る者が違えばそれ相応に形を変えるものだ」
「会ったことのない父親だとしても、血の繋がりはそれを凌駕するってわけだ。人の絆は偉大だな」
「他人事だな」
ロベルトは私の返した言葉に一度目を丸くするとケラケラと笑い出した。
「何がおかしい」
「お前が他人の心配なんかするなんて珍しいと思ってよ。
それもまだ会ったばかりの健気な少女の御身をはばかって」
「そんなにおかしなことか」
「以前のお前ならな。そのままほっぽって次の拠点でも探してそうなもんだと思うが」
「お前、動く気なんてないだろ」
「理由に使われちゃたまらねぇなぁ。それこそ俺とコンビを組むメリットこそお前には無いんだぜ?」
「何が言いたいんだお前」
「見てるばっかじゃつまんねぇだろ。
女には優しい言葉の一つでもあればそれにすがって生きていけることだってある」
ロベルトは飲み足りないとばかりにグラスの酒を煽るとまた同じように酒を注いだ。
私は何も言わずにその様を眺めていた。
「放っておけねぇんだろ」
「...」
「分かるよ。俺も同じだ。歳の離れた妹ができたような気分なんだ。放っておくと一人で出歩く子供のお守り」
「...優しい兄貴の一人にでもなったつもりか」
「そんな大層なもんじゃねぇさ。ただ、無事に戻ってきて欲しい。それだけだ」
分かっているのだ。この男も。
ここで手を差し伸べては俺たちに依存してしまう可能性がある。
これからの仕事がやりにくくなることだって勿論考えられる。
だが俺たちはそんなことよりも、ただあの少女が気になって仕方がないのだ。
最悪、俺たちと生涯行動を共にすることになったとしてもそれはそれでいいじゃないかと思える自分がいる。
眠気の代わりに沸き起こってくるこの衝動は葛藤だった。
このまま捨て置いていいのか。起き上がれなくなった少女はどこに向かってしまうのか。
それならいっそ、手を差し伸べてでも、甘さをもってしてでも生き繋ぐことが大切なことなのではないのか、と。
答えはいつも巡り巡ってその姿を掠めては幾度も形を変えて俺たちの周りを飛び交っている。
こんなに悩んでいるのは久しぶりだ。
名を捨てて、逃げ出したあの時以来かもしれない。
今一度扉を見やるが、一向に部屋から出てくる気配は無い。
「賭けねぇか」
一瞬何を言ったのか理解できなかった。
何に賭ける、だとか、誰と賭ける、だとか、そんなことにも増して、
ロベルトの表情があまりにも真剣なものであったことが、だ。
「何のつもりだ」
「別に。ただ待ってるだけってのもつまんねぇだろ」
「時々お前を理解できないことがある」
「稀に言われるな。そういうことは。それだけに付き合ってきた奴らの性格が似通ってるってのもあるんだろうが」
「...そういえば、あの時もそうだったな」
「?」
「初めてお前と出会ったあの時だ。あの突拍子もないお前の言葉に俺は興味が湧いたんだ」
「だからツルんでみたってか?」
「どの道一人では限界があることは分かっていた。
連れの一人や二人はこの先必ず必要になることは十分わかっていたからな」
「...お前の口からそういう話が聞けるとは思わなかったな」
「俺も話す気なんてなかったさ。ジニーが作ってくれた契機に感謝でもしてみるか」
無造作にテーブルに置かれていた酒瓶を傾けてグラスに注ぎ、少し口に含んだ。
この地方原産の酒はどこか渋い苦味があって舌先を突き抜けて胃にスルリとおさまっていく。
嫌いではなかったが何度も口にしようとは思わない酒だ。
ロベルトはそんな俺の様をじっと眺めていたが、そっと視線を外して扉に向けた。
「俺は帰ってこない方に賭けてやるよ」
「...」
「どっちも同じ可能性に賭けたんじゃ賭けになんねぇからな。その代わりリスクは十分もらうがな」
「リスクとは?」
「そうだな。そん時は」
コンビを解散ってのはどうだ?
どこまで本気なのかは分からなかったが、ロベルトはその後何も言わずに部屋に下がっていった。
入れ替わりに反対側の扉が開き、プルミエールが姿を見せた。
彼女は何も言わずに俺の前、ロベルトが腰掛けていた席に静かに腰を下ろした。
「ややこしいことになってるのね」
「...」
「思っていた以上に、貴方たちの間柄って薄いのね。表面上だってあの男が取り繕ってるような感じだったし」
「...」
「一人の少女がこんな大事を引き起こすなんて。なかなかの悪女だと思わない?
ロクな女にはなりそうにもないわね」
「...」
「どうしたの?言い返す言葉の一つも見つからないの?」
「...そうだな。そんなところだろう」
「...」
思えばいつも動いていたのはアイツだったな。俺は何も考えずにただアイツが持ってくる仕事に従事するだけ。
腕さえあれば事足りることだと思っていた。
これはジニーの契機であると同時に俺たちの契機であるのかもしれない。
アイツは細かいことは考えずにただできることをやろうとする男だ。
結果はいつもそれに伴って表れるものだと。
「賭けの話、聞いてたのよ」
「...」
「あの男は表面ほど馬鹿じゃないわ。短い間柄でもそれは分かる。
どう動けば最大の効果を得られるかを瞬時に計算できる力がある」
「...」
「そんな男が持ちかけたさっきの賭けも、単純な意味合いをもつだけのものじゃないわ」
「アイツが、何を目論んでいるのか分かると言うのか」
「気づかないようなら、それこそ賭けに負けた方がいいわ。いずれそうなるんでしょうし」
「...初めてだ」
「何?」
「こんなに悩むのは」
迷う自分が不思議でもあった。
何も考えずに賭けに負けた時は言うとおりにすればいいじゃないか。
適当に誰かまた捕まえれば仕事に困ることはないだろう。
それこそアイツよりも優秀な輩は腐るほど存在しているんだ。拘るほうがどうかしている。
そう考えるだろう。それが俺だ。グスタフとよばれる人間だろう。
なのに何だこの不快感は。
そう考える自分が浅ましいものに思えて仕方がないのだ。
お前は本当にそれでいいのかと何かが強く俺の胸を打つ。それは考えを変えるまで止まることを知らないのだ。
考えることを一度止めてグラスに残っていた酒を全て胃の中に流し込む。
グラスを置いて一つ息をはくと不思議と心が少し落ち着いた。酒に頼るとはこういうことか。何だか情けないな。
アイツもよく酒をかっ食らう男だ。訪れた先々での酒を悉くかっ食らう。まるでそれが義務だとでもいうように。
けれど今考えてみれば、ひょっとしたらそれはアイツなりの捌け口なのかもしれない。
気遣いの知らない相方に対する愚痴の捌け口。
肩を並べて酒を飲んだことがあったろうか。
食事はいつも共にするが、酒を飲むのはアイツだけて俺はいつもアルコールは体に入れない。
体の動きが鈍るのが嫌だったのもあるし、根本的に酒をあまり飲めない体質のせいでもある。
口実にはもってこいの理由が、アイツと俺との間にはいつも横たわっていて、
俺はそれを取り除くことはしなかった。
...アイツもしなかった。
無理に酒を飲ませようともしなかったし、それに文句を言うこともなかった。
「...甘えすぎていたのかもしれない。俺は」
「何かしらの答えは出たのかしら?」
「...まぁな」
「それが出ただけでもよかったじゃない。
今回のことはきっと貴方たちには必要なことだったって言える日がきっと来るわ」
「...」
「それに、あの男はとんでもないお人よしだしね。
賭けに負ける道をむざむざ選ぶようなことをしたんだもの」
「まだ賭けの結果は出ていない」
「いいえ。もともと賭けになんかなっていないのよ。かの子は立ち直ることしか術を知らない子だもの」
「よく分からないことを言うな。君も」
「ジニーは必ず明日の朝には顔を出すわ。腹の虫に勝つ手段を未だに知らない子だもの」
「たいした自信だ」
「だってイメージなんかできないもの。
これだけのお人好しに囲まれてむざむざ暗がりの道を行くなんて考えられない。あの子なら尚更」
「随分肩入れしているんだな」
「そうね。私もそう思う。不思議と確信があるの。あの子の足は必ず私たちに辿り着く」
「...そうか」
プルミエールも少し酒を口にすると顔をしかめて咳き込んだ。
彼女に悟られぬように小さく笑った後、残っていた酒を全てグラスに注いで一気に煽った。
信じがたいような顔をしてこちらを見やる彼女に軽くグラスを持ち上げ、
イスの背もたれに背を預けてゆっくりと目を閉じた。
心地よい眠気が誘ってくる。
次に目を開けた時、俺たちはどうなっているんだろう。
その光景をたやすく想像できてしまいそうで可笑しかった。
悪くない。
悪くない。
束の間ではあるかもしれないが、少し腰を落ち着けてみようかとぼんやりと考えていた。
この心地よさに身を任せるのも、悪くはないのかもしれない...。
「い〜じゃんおじさんに言えばまた貰えるんだからパンの一つや二つぐらい〜っ」
「なら貴方がもらいにいきなさい。私はノルマをこなさないのには我慢がならないの」
「ケチンボっ」
「結構」
フタを開けてみればまぁ容易く想像できた結果に落ちていていた。
酒がまだ少し残っていた俺はああまり食事には手をつけずに水を多く体に取り入れていた。
「あれっ?グスタフそれ食べないの?」
「あぁ。少し、胃を悪くしてな」
「それじゃ私食べてもいいっ?」
「あぁ」
皿を寄せてやると嬉しそうにそれを頬張り「始めた。その姿をロベルトも笑いながら眺めていた。
「なぁ、ロベルト」
「何だ」
「...今日はどうするんだ?」
「そうだな。もう少しあの洞窟を探ってみようかと思ってんだけど。
あのドデカイ根っこの奥にはドッサリ埋まってるような気がするんだが」
「埋まってるって、クヴェルがっ?」
「あぁ。そいつを見つければジニーちゃんも立派にティガーの一員だな」
「それが終わって」
「?何だ」
「この宿に戻ってきて、食事が済んだその後に」
どうだ、酒でも飲まないか?
ロベルトは一瞬呆けたような表情を見せた後小さな声でそれもいいなと呟いた。
ジニーは少し不思議そうな顔をしてたが、プルミエールは小さく笑っていた。
今日は騒がしくなりそうな予感がしていた...。
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投稿者:bau(実行委)
レーゼン様、再度のご投稿、ありがとうございます。
グスタフのイメージが変わる、そんなストーリーに興味深く拝見させて頂きました。
あのシナリオではグスタフは普段どおりに冷静な対応をしているというイメージがあったのですが、
確かに心の葛藤があってもおかしくないですよね。
普段の老成しすぎな言動は、その葛藤を隠すものなのかも知れない、
そう考えると、今回のような悩むグスタフの一幕も納得できるものがあります。
そして、ロベルトが良い補佐をしていますよね。
そもそも何でこの2人が組んでいるか本編では全くの謎なんですが、
お互いが持っていないものを補完しているからこそ惹かれあう・・・そんなペアなのかな、とそう感じました。
グスタフの心の底に潜む葛藤。そしてロべグスのペアがいかにして成り立っているか。
そんなことを考えつつ、楽しいひと時を過ごすことができました。
ありがとうございました!!